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第四話

自動鋳植機を初輸入 苦節10年でモノに……

活字代かさみ大弱り

東北帝国大学に法文学部が出来て間もないころ,当時の中川善之助,堀経夫両助教授より「欧文の印刷が出来ないか」とのおたずね。そのころ欧文の印刷は東京,京都のほかに出来る印刷所はほとんどなかったといっていい。さっそく活字を買い込んで組み版してみたが,文字の数量の使うこと使うこと,ちょっとやそっとの活字では何ページも組めない。仕方がないので苦労して字母を作り仙台の活字屋に鋳造させた。校正刷りをとって見たらドロ臭くて話しにならない。あきらめてしばらくの間活字そのものを東京から買って組み版したが組み版代より活字代の方が高価につく。これでは商売にならない。自動鋳造機を設備して自分で鋳込んだが全く難しい。文字のラインが合わない。少しオーバーだが何百回鋳込み直したかわからない。そのコツを飲みこんでどうやら欧文らしいものが出来るまでには本当に苦労した。

2年間のドイツ研究

しかし当然いいものは出来ない。結局はロンドンからランストン・モノタイプを輸入した。これはタイプライターの大きなヤツで,これのキーをたたくと幅10センチほどのリボンペーパーに穴をあける。これを鋳造機に掛けると自動的に1本々々新鋳活字が文章通りに並びしかも1行々々の長さが完全にそろって出て来る。しかも分速120本〜160本も出る。この機械のため,上海から英国人技師が来て私の家に1ヵ月余り泊まりこんで教えてくれた。これは日本で最初の輸入自動鋳植機だった。東京からはその道のベテランたちが群れをなして見学に来た。これで活字はそろった。

だが印刷してみると外国のそれに比べどうもシックリしない。いっそのこと,すべてを外国ものでやってみたらどうなるだろうと,今度はドイツのケーニッヒ2廻転印刷機を購入,紙は倉庫にあった古い舶来紙を使用してみたが,やはり何となく意にそわない。考えあぐんで恩師の伊東亮次先生(故人,日本印刷学会長)を訪ねた。そして今までのことを全部話し,残るはインキのみだ――と。丁度その席に郡山幸男氏(印刷学会誌の前身,印刷雑誌主幹,故人)が居合せて,言下に「それはあたりまえだ。インキを研究せずによいものは出来るはずはない――」とやられ,すっかりクサってしまった。それでインキの研究に没頭し,最後にはオランダからインキを輸入してようやく満足に近い印刷物を得た。これまでに大体10年かかった。この間,約2年は私のドイツにおける研究と研修に費やした。

ドイツでは印刷所見学しながらインキ壺に指を突っこんでハナ紙にアート紙をしのばせておき,それにインキをつけて下宿に帰り,濃度やタックを計ったりした。或る工場ではどなられ,また別の工場では「そんなにインキが欲しければ持っていけ」と大きなインキ樽を指差されたりした。

好評だった“処女作”

これより先,生理学の佐竹安太郎教授(後の東北大学長)が英国に留学中,この機械で組み版していたのを知っていて「あの機械なら立派な欧文が出来る」と太鼓判を押してくれ,心理学の千葉胤成教授を紹介されて“Tohoku Psycologica Folia”を印刷した。これがこの機械による処女作であった。結果は上々ではなはだ評判がよく千葉先生始め数多くの方々からおほめの言葉をいただき心から生産者としての「作る喜び」とその満足感をかみしめたものだった。

内容,紙で書体を変える

ところでこの欧文は字数が日本のそれに比して極端に少ない。したがって書体は数限りなく出現している。日本ではあまり気に留めないが本の内容によって,つまり法律,学術,文学,小説等その内容と用紙によって書体を変える。大きな印刷所は書体をたくさん持っている。これはどんなものでもご注文に応じられることを意味する。それで書体をどのくらい持っているかはその印刷所のスケールと考えても間違いはないようだ。

気になる字面の上下

欧文活字を鋳造するにあんなに苦労したがランストン・モノタイプではそれが何の苦労もなく出来上がる。非常にきれいにラインがそろう。だが,拡大鏡で詳細に点検するとやはり字面が上がったり下がったりしている。それで英人技師に「字面の誤差はどの位に考えているか」と聞いたら「誤差はゼロだ」という。私はどうしても納得出来ず,写真で30倍ぐらいにして見た。すると字面はみなでこぼこになっている。不思議に思って上海の技術者に写真を同封して問い合わせたら「これが正しいのだ」とのこと。もしそれが事実ならどのくらいの上がり下がりまで誤差が許されるのか,あるいはその基準があるのかどうか今度はロンドンのモノタイプ研究所に問い合わせた。間もなく返事が来て「字面の上がり下がりは活字のデザイナーの感覚による。よいデザイナーは1世紀に1人ぐらいしか出ない。文字の構成の全く違う日本の1青年にその基準がわかるはずがない。それよりうちの字母を買え」ときた。畜生メと思い,それから美しい印刷と見れば手当たり次第100種類以上も引き伸ばして見た。しかしやはりその定まった基準は出なかった。でもそれで私なりに結論めいたものは見付けた。

元来本邦活字書体は,先に随分多いとは書いたが,通常使用されるものは明朝とゴシックくらいのものである。字種がベラ棒に多いので書体は沢山作ったらどうにもならない。欧文の場合は字数が少いので,今でも月に1種類ぐらいは作られている。然し需要家の気に入らなければ,すぐ捨てられてしまう。極端なものになると,1回印刷に使用されたのみで,廃棄された例も数多いと聞く。何年,何十年たっても使用されている字体は,そんなに多くはない。誰の気にも入るようなよい立派な字体,そのような字体のデザイナーは計算してみると1世紀に1人位しか出ない勘定になるそうである。

このごろの日本の欧文もずいぶんよくはなったが文字のあり方の難しさは洋の東西を問わない。

仙台市内の看板,ネオン及び自動車の横っ腹に書いてあるローマ字にはロクなものはないと言ったら言い過ぎになろうか。